マヤ暦の新年。始まりの時。エゴについて、自分のあり方についての宣言。

こんにちはー
推拿ルーン占いヒーリングのパン長です。

ここ最近、ヒーリング中によくミカエルが出てくるんですよね。
で、今日はマヤ暦の新年(Kinナンバー1)だし、
満月で皆既月食だし
なんか特別な感じのセッションになるだろうなぁと思いながらヒーリングしました。

先日も、ヒーリング中にミカエルが出てきて

「こっちに来たいなら引っ張り上げてやるけどどうする?来るの?来ないの?」

みたいな感じだったんで、なんか「こっち」ってのが気持ちよさそうだったんで
差し出した手を掴んだんですよ。
そしたら、スーッと体が上昇する感覚で
なんか少し意識が変ったような気がするんです。

だけど、その後

「こっち」っていったいどっちなの??

と考え出しちゃったんですよ。
というのも、個人的なんですが、最近エゴについていろんなあり方を見せられる機会が多くて
僕自身、自分のあり方にすこし迷いがあったからなんです。

エゴを捨て去る方向性ってのは
つまり悟りへの憧れで
行き着くところはヒトの殻を捨てた
魂だけの存在ですよね。
「個」という膜で包まれて「他」と隔離されている状態からの解脱

「さとり」
この境地に立てたらどんなに楽なんだろう。
そう思うことはありました。

でも、これは違うんじゃないか!
と違和感を感じる自分がずっと居たんですよ。
個というエゴを捨てることができるなら
なぜヒトとして生まれたのか。

僕は人間として生きていきたい。

体を持った存在として生まれてきたんだから
その生を全うしたい
そう思うんです。
 

今日、自分でシータヒーリングをしている中で
またミカエルがあらわれました。
そして、こう言うんです。

「あなたは人を救うために生まれてきた。」

僕は「救う」という言葉があまり好きじゃなくて
ちょっと今までは意図的にその言葉を避けてました。
だけど、今日は違って
受け入れてもいいんじゃないか?と思ったんです。

「僕は、人を救うために生きることを自分に許可します」
「人を救うための行動を選択することをゆるします」

このような宣言をしました。
これは僕の、人間として生きることへの宣言です。

エゴを捨て
悟りへの道を求め修行する
これは一歩間違えばオウム真理教ですよね。
だって、楽なんですよ。
修行してるほうが楽なんです。

不条理な世の中を嫌い
愚かな人たちを避け
自己の救済へと没頭する
自己が救済されてこそ
他者を救える
小乗から大乗

でも、これは僕には違うんじゃないかと感じました。

世俗の中で
不条理の中で
穢れの中で
喜びも憎しみも
慈しみも悲しみも
怒りも恐れも
全て感じながら生きていくのが人間じゃないかと

その「自然の摂理」の中で
摂理と言う宇宙の渦の中で
いや、その一部として自分というものが存在している

そのように感じながら
日々、生きていく
これが人間なんじゃないか

このように感じたわけです。

僕のすきな人物に一休宗純がいます。
破戒僧として有名なあの一休和尚です。
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人間が作り出した「決まりごと」にどんな意味があるのだ
全ては移ろい
形あるものは変化の中の一瞬の光に過ぎない

彼の生き方には非常に共感するところがあります。
僕が中学か高校の頃に一休宗純和尚の存在を知り
その事が今の僕のあり方に大きく影響しています。
悟ろうが悟らまいが
そんなことは些細なことに過ぎません

ただ生きる

そして、そのことが誰かを救うことに繋がればこんなにうれしいことは無い。
これが、今の僕がたどり着いた答えです。

守護天使のカードとルーンを引いてみました。
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スピリチュアルな力を取り戻し
愛から生まれる意図を最高のレベルで実現させる
このようなメッセージが書かれています。

そしてルーンは「ラーグ」

自分の身の内に眠る力
今まで感じてこなかった感情と感覚
それを受け入れて
そして生み出していく力
最初から持っていて
そしてなくならない力
もう流れは生まれています
あふれ出す愛を感じなさい

このようなメッセージです。

僕が自分自身に宣言したことで
今まで引かなかったようなカードとルーンに変りました。
潜在意識レベルでコミットしたことで
今までのテーマを終え、あたらしいテーマにシフトしたという表れでしょう。

今年に入ってから感じていた変化の締めくくり
そして、新たなスタート
始まりの時に感じる事ができてよかったです。

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