【オラクル】いのちの事・からだの事【バガヴァッドギーター】

こんにちはー
パン長です。

オラクルカードで引いたテーマでつらつらと書いてみます。
今日はバガヴァッドギーターのオラクルカード。
バガヴァッドギーターとはヒンドゥー教の聖典のひとつ。
ヨガ哲学ともつながる書物です。

【クシェートラニャ:知の根源・体を現す存在】
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わたしたちは
「体というモノ(で感じている事)が真実だ」と思ってしまいがちですよね。
でも、からだは消滅します。

先進国における現代的な生活では
あまりにも日常から死が遠ざかってしまっていますので
そうそう肉体の消滅を意識する機会がありません。
いまや「死」という一番根源的で大切な現象を病院や葬儀屋さんなどの専門家に託してしまい
「家」から「死」が消えてしまいました。
なので肉体が滅びるという事を感じる機会が少ないです。

でも、からだという物質はいずれなくなってしまうものであります。
そして、一時的な「現れ」として「からだ」は「わたし」としてここに在ります。

僕たちは「体」を「自分」だと思う一方で
「こころ」を「自分」だとも思っています。

体と心を分離して考えてしまっているのか
混同してしまっているのか

体は陰で心は陽です。
いつか消えてしまう「形あるもの」には普遍的な真理はありません。

永遠に続くもの
永遠という生命
自他の境界をもたない
ただひとつの存在
「わたし」という枠が存在せず
わたしもあなたもみんなひとつの存在
ただひとつの存在

これが生命です

この生命の泉から「わたし」という「かたち」にパッケージされて
いま僕たちは「からだ」をもって存在しています。

「からだ」もまた「わたし」であり
「こころ」もまた「わたし」である

カタチの世界で自他の境界を感じるために
体を持ちました

他人が居てわたしがいる

他人との交わりの間でギクシャクしたり
苦悩したり
痛みを感じたり
喜びを分かち合えたりします

「モノ」である「からだ」に意識が偏りすぎると
「モノ」に執着してしまいがちですね。
「所有」という考え方が生まれ
物質的な満足が自分を満たす事のできるものだと思ってしまいます。

自分というモノが居る場所に線を引き
「ここからここまではわたしのエリア」と決めてしまいます
他人の心を「掴んでいたい」と「好きな人(の心)を所有できる」と勘違いしてしまいます

モノの世界に偏る事で
ココロという自分をカラダから切り離してしまいます

でも、
「こころ」という生命を「からだ」から切り離す事はできないんですよ

「こころ」が「からだ」から離れちゃうと
それは「死」です。
「からだ」という「わたし」の死です。

「こころ」は「わたしでありあなた」です。
「生命」は「わたしでありあなた」です。

すべての根源である「生命」が「わたし」であると感じることができれば

わたしとは宇宙であり
宇宙とはわたしである

と理解できるでしょう。

**********

いやぁ、バガヴァッドギーターは生命の根源についてまで考えさせられますね。
こころにかたよらず
からだにかたよらず
陰と陽、清と濁
ほどほどにバランスをとって命を全うしたいですな。

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